卒業生x校舎長対談 卒業生x校舎長対談

N・M さんは、高 3 の 8 月というギリギリのタイミングで大学受験の勉強をはじめました。やるとなっ
たら平日も土日も勉強に捧げ、第一志望の富山大学を学校推薦型入試で受けるところまでリーチします。
看護師のお母さん、厳しくも愛情深いお父さん、ストレートに向き合ってくれる友人、そして自分を振
り返る作業にとことん付き合ってくれたまつがく松本駅前校の西部先生と、さまざまな人に支えられた
受験期を、自分の言葉で語ってもらいました

N・M さんのデータ

●出身校/松本県ケ丘高校 ●将来の夢/看護師

高 3 ・8 月

まつがく松本駅前校に夏期講習のタイミングで入塾

 9 月

平日は毎日 4 時間以上、土日は 9 時間以上勉強。第 1 回 AI 特訓模試は約 46%の得
点率。目標の富山大学 63%までのプランを相談

 10 月

atama+は数学・化学ともに難易度+を正答率 80%以上でひたすら総復習を進める

 11 月

総合型選抜に向けて小論文と面接の対策を行う。志願理由書や小論文の過去問 6年分を各 5 回以上添削

 12 月

富山大学医学部看護学科の学校推薦型選抜を受験。第 5 回 AI 特訓模試は得点率約53%まで伸びる

 1 月 

共通テストでは富山大学の配点で 6 割得点、C 判定。前期試験の出願先は山梨県立大学へ変更する

 2 月

前期試験に向けて志願理由書を書き上げながら面接対策を行う。前期試験前に学校推薦型の富山大学に合格

1 アットホームな雰囲気が決め手に

入塾のためのミニプレゼンで父を説得

一人ひとりとちゃんと会話してくれる塾だとわかりました。
西部

M さんがまつがくに入ったのは、かなりギリギリのタイミングでした。

N・M

滑り込みですよね。最初は別の塾の夏期講習に通いました。浪人生が多いせいかわかっていることを前提に進む授業が多くて、質問も気軽にできませんでした。それで塾を変えようかと考えた時に、
父がテレビ CM で見たまつがくを勧めてくれました。

西部

まつがくとかなり対照的な塾に通っていたんですね。

N・M

だから、まつがくに来て驚きました! 先生が行きも帰りも「お疲れさま」と挨拶してくれるし、私がリュックにつけていたポケモンのゲンガーのポーチを見て「ゲンガー好きなの?」と声をかけてくれて。すごくアットホームで、一人ひとりとちゃんと会話してくれる塾だとわかりました。

西部

れはよかったです。入塾面談の時に、M さんは苦手科目や学習で悩んでいることを素直に打ち明けてくれたので、目標の富山大学合格まで逆算した思い切ったプランを提案できました。やりきる覚悟とモチベーションを感じたので、私もそれに負けじと鼓舞することができました。

N・M

体験 2 日目には両親を説得してでもこの塾に入りたいと思っていました。集団授業の塾と比べると高い月謝がネックになっていたので、8 月から 2 月までかかる金額を前の塾と比較しながら父にミニプレゼンしました。

西部

お父様は高校の先生で、ごまかしがきかないですよね。

N・M

父は基本的に私がやりたいことを応援してくれます。だけど、私の意志を固めるために、1 回反対するんです。高校受験の時もそうでしたが、「本当にいいの?」って。反対をうち破る意思の強さを持っているか確認するプロセスというか。父の反対で、これだけお金をかけてもらうのだからちゃんと通って合格しないと、と地に足をつけられました。

西部

深い愛情に裏打ちされたものを感じます。

N・M

でも話し合っているときは怖いですよ(笑)。最終地点まで行ってやっと気づく優しさです。

西部

そして 9 月からは、平日は毎日 4 時間以上、土日は 9 時間以上勉強に没頭してくれました。

N・M

最初、部活が終わった直後だったこともあって、サボりたくなることもありました。明日は休もうかなと思っていると、先生が「明日も待ってるよ」と言うんです。先生の期待は裏切れませんでした。

西部

atama+は数学と化学を選択していました。共通テスト用の AI 特訓模試は全科目あったので、平日に時間を見つけて細切れで受けてもらいました。模試の見直しも 2 回 3 回と復習して取り組んでくれていたので、それが共通テストの得点につながったと思います。

N・M

受験期は家よりも塾にいる時間のほうが長かったです。

看護師さんの言葉に救われた経験

西部

M さんが看護師なりたいと思ったのはいつ頃からなんですか?

N・M

小学生ぐらいから、看護師か○○という感じでいつも 2 つの夢がありました。○○はペットショップの店員や保育園の先生でした。看護師 1 本になったのは自分が通院を経験した中学からです

西部

通院した時のことを、差し支えない範囲で教えていただけますか。

N・M

病名としては血小板減少症の疑いで、今も診断は確定していなくて経過観察中です。通院していた時に看護師さんが「M ちゃん、テニスどう?」と声をかけてくれたり、テスト前の入院で「そんな忙しい時にごめんね。ちゃんと勉強していて偉いね」と言ってくれたりして、ひと息つかせてくれて本当に 助 け ら れ ま し た 。 そ れ で 看 護 師 に な り た い な と 思 う よ う に な り ま し た 。

西部

ご自分の経験が将来の夢につながったんですね。何科の看護師になりたいという希望はあるんですか?

N・M

今はいろんな科を経験したいと思っています。看護師の母は障害者の支援施設ですごくいきいきと働いていて、きっと母のやりたい看護に合っているんだと思います。調べると、病院以外でも看護師が必要とされる場は結構あったので、自分の興味のある分野を見つけたいと思いました。

2 共通テストと推薦対策で疲労はピークに

志願理由書が面接の礎(いしづえ)に

西部

富山大学はまず総合型選抜を受けることになって、11 月から対策を本格的にはじめました。

N・M

私が受験したのは「学校推薦型選抜 2 型」で、前期試験を前借りするイメージです。12 月に面接と小論文、1 月に共通テストを受けて、両方の結果から合否が出ます。比率は 800 対 300 で共テのほう
が重いです。

西部

この方式だと、推薦が不合格でも前期試験にチャレンジできるメリットがあります。志願理由書や小論文の過去問約 6 年分を、各 5 回以上添削しました。特に志願理由書は何回も書き直しました。

N・M

私は小中で児童会長や生徒会長を経験したことで人前で話したり、原稿を考えるのが得意だったので、小論文もいけるだろうと思っていたんです。でも小論文は、通常の作文と組み立てや着眼点などが違っていて……いけると思っていた自分が恥ずかしくなりました。

西部

たしかに、はじめは感想文のようになっていました。一から取り組んでもらって何回もやっているうちに、きちんと資料データを読み取って自分の考えを客観的に交えつつ書けるようになりました。
あと、佐久岩村田駅前校にまつがくの小論文を一手に引き受けている先生がいて、その先生と何回もやり取りしたこともブラッシュアップに大いに役立ちました。

N・M

学校でも希望すれば国語の先生に指導してもらえるようになっていました。学校の先生が「もう言うことはないよ」と返してくれた小論文が、まつがくで真っ赤に添削されて打ちひしがれることもありました。まつがくの添削で心が死にそうな時は学校の添削を信じて、今なら受け止められるという時はまつがくの添削と向き合っていました。小論文の先生がふたりいてとても心強かったです。

西部

そうだったんですね。確かに、まつがくの小論文の先生は、絶対に合格させたいという気持ちがつよいですからね。志願理由書はボリュームがかなりあって、A4 裏表に 300 字から 500 字で書く項目が3 つほどありました。それで、どういう背景で看護師になりたいかを深掘りしていって、体験談も交えつつ説得力のある文章にするために何回も添削しました。

N・M

面接対策にもなりました。

西部

自信を持って話してもらうために、志願理由書が礎になりました。

友だちに支えられた受験期

西部

11 月は一般入試向けの勉強もしながら学校推薦型の対策もやっていたので、しんどさもピークだったんじゃないでしょうか。

N・M

そうですね。でも、高校在学中にやってきたボランティアなどの活動には自信があったので、自分の言葉で話したり書いたりできるようにこれまでを振り返ることが多くて、楽しくもありました。
あと、併願の私大をどうするかで父といちばん話し合ったのもこの時期でした。私が出願したい私大を父が「そこの学校の雰囲気と M は合わないんじゃないか」と言うので、私は富山大受かるし、推薦型に受からなくても前期があるから! と反発してしまいましたが、最終的には納得してもらえました。

西部

10 月は高校で毎週土日に模試があって、さらにまつがくでも AI 特訓模試があって疲弊していたと思います。そして 11 月は学校型推薦型選抜で自分と向き合っていたので、私から見ても M さんのメンタルは不安定でした。理詰めで話しても受け付けられなくなるし、「そうだよね、大変だよね」とばかり言っていても受験に勝てない。そのバランスは意識して接していましたね。

N・M

先生から一度、「M さん大丈夫?」と言われましたよね。

西部

顔に生気がなかった時ですね。お話聞くよと言って、20~30 分くらい話をしました。

N・M

そういうこともありました。

西部

M さんはお友だちにも恵まれたようですね。

N・M

看護師を目指している子が他にもいて情報交換をしていました。その子以外にも、部活の友達が学校に提出する自受験計画を一緒に考えてくれました。私が「どうしよう」と不安を口にすると、「いや、行けるよ。M なら」とひたすら応援してくれて。私が少しでもサボると「M、大丈夫?」とズバッと言ってくれる友だちもいましたし、数学のわからないところを聞くと「そんなのもわからないのはヤバいよ」とストレートに言ってくれる友だちもいました。みんなが真面目に受験に向き合っている中で勉強できたのは、すごく支えになりましたね。

3 やりたいことをやりきって自分らしく

共通テスト本番で英語が伸びる

西部

12 月 、 学 校 推 薦 型 選 抜 の 本 番 で し た 。 手 応 え は い か が で し た か 。

N・M

小論文は全部書けて、今まで教わったことを詰め込めたと思います。面接は 1 人 10 分で、前の子が大爆笑している声が廊下まで聞こえてきて、この子に負けたら終わりだからこの子を超える明るさで行こうと思って入室しました。面接官が緊張をほぐしてねと言ってくれたので、自分の言いたいことをスカッと話せました。

西部

そして共通テストです。直前はどういう心境でしたか?

N・M

「ここがわからない」と言ったら過去 3 年分の共テの問題と関連する教科書のページをリストにしてくれた友だちがいたり、「地理が本当にわからない」と言ったらずっと解説してくれる友だちがいたりして、こんなによくしてもらったのだからやるしかないという気持ちでした。

西部

共通テストのために、AI 特訓模試や過去問を何度も何度も、今日は地理の日と決めたら地理を何周もするという感じで 1 日ごとに科目を絞って、何年分もやり直ししてくれました。

N・M

模試の判定はずっと C から E を行き来していて、いちばん最後の模試が B でした。そのとき、ずっと 30 点台だった数学が 60 点近く取れていたのですが、たまたま自分に合った問題が出ただけだと思っていました。でも、共テの本番では、英語が最後の模試から 22 点も上がってびっくりしました。

西部

最後の最後まで伸びましたね。共通テストは 6 割得点できたけれど、富山大の判定は C。分布表で見ると 50 人定員のところで 50 番目、ボーダーラインでした。

N・M

本当は 63%以上得点できたら安心だったんですけど…。それでも自分としては 6 割に届いていたし、小論文・面接は自信があったので推薦の結果は安心して待てました。ただ前期試験については、C判定で賭けはできないと思って、山梨県立大学に出願することにしました。

西部

ここから学校推薦の合格発表までは、山梨県立の志願理由書と面接の練習をしていました。

N・M

前期をどこにするか本当にギリギリまで悩んでいたので、山梨県立の志願理由書は 1~2 日で書き上げることになりました。でも、富山大の推薦を経て自分のやってきたこと、やりたいことが明確になっていたので、書くのは早かったです。

西部

そしていよいよ、2 月 9 日に推薦の合格発表を迎えます。

N・M

その日は母も仕事を休んで一緒にホームページから見ました。でもお母さん、いろいろちゃんとしたい人なので、「洗濯物をたたんでからにしなさい」と言われて、結局見たのは 10 時 3 分頃でした(笑)。父は 10 時ちょうどに見たようで、連絡したら涙声で……たくさんぶつかったけど、それだけ心配してくれたんだなと思いました。

興味があることをやっていたら道につながった

西部

大学で楽しみにしていることはありますか?

N・M

医学、薬学など医療系のいろんな人と関わりながら学べるのが楽しみです。富山は薬で有名なので、看護学科でも薬について学べる講座があります。あと、母から勧められた保健師の資格も取りたいんです。どの学校でも保健師の資格を取れるコースはありますが、選抜制が多くて全員が取れるわけではありません。富山大は 4 年で全員、保健師資格も取れるので、その点でも合格してよかったです。

西部

なぜ富山大を志望したのかがとてもわかりやすい回答でした。

N・M

たくさん練習してきましたから(笑)。

西部

お母様も看護師だから、M さんの合格はひときわ感慨深かったんじゃないでしょうか。

N・M

どうでしょう。でも、「こういう仕事があるよ」とか「こういう働き方があるよ」という情報をいろいろ教えてくれます。今はわからない専門用語もたくさんあるので、いつかわかるようになればいいなと母と話しています。

西部

M さんが受験勉強でいちばん力がついたところとして、「言語化して人に伝える力」と「ハキハキと喋ること」を挙げてくれていました。M さんは自分からアピールするタイプではないけれど、聞くといろいろ掘り下げることができる人ですね

N・M

深堀りして話を聞いてもらった経験は、これから先も活きると思います

西部

これから受験する後輩に向けて、ぜひアドバイスをお願いします。

N・M

受験を通して思わぬ支えになってくれたのは、高校時代に取り組んできたフィールドワークとボランティアでした。志願理由書も、それがなかったら平凡な内容になっていたと思います。この体験があったおかげで説得力を持って話せたし、面接官に興味を持ってもらえるきっかけになりました。自分の興味がある分野でのボランティアやフィールドワークは、参加してみるといいと思います。あと、苦手な科目から逃げないことと、できないことやわからないことを隠さないこと。私はまつがくの先生に安心して「わからない」と言えたし、友だちにもわからないことは恥ずかしいことじゃないと思って聞けました。自分のできないところを認めてさらけ出せる芯の強さがあるといいですね。

西部

フィールドワークとボランティアのことは、もう少し詳しく教えてもらってもいいですか?

N・M

フィールドワークは、学校で放課後に開いている講座で募集していました。日雇い労働をしたり生活保護を受けたりしている人が大勢住んでいる横浜市の町に行き、そこで働く訪問看護の人や診療所の院長から話を聞いたり、炊き出しボランティアをやったり、1~2 畳くらいしかない部屋に泊まったりしました。ボランティアは在日外国人の方に日本語を教えていて、今も続けています。

西部

どちらもちょっと体験してきましたというレベルではないですね。自分の強みをつくるために、意識してやったんですか?

N・M

その時は興味本位でやっていました。もともと評定が悪かったので推薦は諦めていて、富山大の推薦には評定がなかったので受験し運よく合格できましたが、推薦のためにやったわけではありません。でも、結果的に、この体験が志願理由書や面接につながりました。興味があることをやっていったら偶然そうなった感じです。

西部

受験にも通じますけど、やると決めたことはとことんやりきるのが M さんの強みですね。これからも、興味のおもむくままに進んでいけば将来誰にも負けない強みができたり、看護する上でもいろんな視点で患者さんのことを見られるようになったりすると思います。ぜひ富山でがんばってください!